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休休建築士の奮闘記

2010/11/08 22:48

■おしらせ
平成23年5月24日からは、新しいブログへ移転しました。
新しいブログはこちらです。
住宅 休休建築士の奮闘記-第二章-

 

 寝ても覚めても建築に夢中な毎日
 
 artとarchitecture
 雨の音 風の肌触り 陽のかがやき
 繋がりのこと 人と人 家族 地域 過去から未来
 風土 文化 伝統
 ・・・・・
 
 考えていたら、向こうから息子(1歳)が覗き見
  まうわうば△*xbw(何やってんの?)
 台所からはいい香りがしてきます
 
 あ〜おなかが空きました(笑)
 





  建築家:吉村順三氏のことば
「建築家として、もっとも、うれしいときは、建築ができ、そこへ人が入って、そこでいい生活がおこなわれているのを見ることである。
 日暮れどき、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯がついて、一家の楽しそうな生活が感ぜられるとしたら、それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか。家をつくることによって、そこに新しい人生、新しい充実した生活がいとなまれるということ、商店ならば新しい繁栄が期待される、そういったものを、建築の上に芸術的に反映させるのが、私は設計の仕事だと思う。つまり計算では出てこないような人間の生活とか、そこに住む人の心理というものを、寸法によってあらわすのが、設計というものであって、設計が、単なる製図ではないという、このことである。
(朝日ジャーナル1965年7月11日号)































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駆け出し住宅建築家の奮闘記

2010/09/17 22:43

 「毎日のこと」

 朝は7時ころ起きます。
 ボーっとしたまま起き出して歯磨きをして、
 
 朝食はパンとコーヒーです。
 マーガリンとハチミツを合わせて塗って食べると、おいしいんです。
 
 食べた後は水やりをしてごぞごぞした後、隣の部屋で仕事です。
 頭の中は住宅建築のことばかりです。
 
 本屋さんへ行っても、手にするのは建築関連の本ばかりです。
 
 隣の部屋では、いろんな音や声が聞こえてきます。


 ばぶばぶ、わ〜(何か話しています)、えへ(笑)、わーん(泣)、んにゃ〜・・・
  ガシャ、バタ、ペタペタ、おもちゃのメロディ♪、

 そして静かになったかと思うと、寝ています。
 
 妻は育児と家事で暇なし。
 洗濯機を回す音、洗剤のいいにおい、子供と話したり歌ったり、掃除機の音、台所のまな板をたたく音、ご飯のいい香りがしてきます。
 
 家の外からは、鳥のさえずり、電車の音と時々飛行機が飛ぶ音、子供達の遊び声、三味線の音色も聞こえたりします。.

 いろんな音を聞きながら、ときどきハラハラしながら、住宅建築やっています。
                                 
カタカタ(  '-')ヘ_/パソコン

 建築家:吉村順三氏のことば
「建築家として、もっとも、うれしいときは、建築ができ、そこへ人が入って、そこでいい生活がおこなわれているのを見ることである。
 日暮れどき、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯がついて、一家の楽しそうな生活が感ぜられるとしたら、それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか。家をつくることによって、そこに新しい人生、新しい充実した生活がいとなまれるということ、商店ならば新しい繁栄が期待される、そういったものを、建築の上に芸術的に反映させるのが、私は設計の仕事だと思う。つまり計算では出てこないような人間の生活とか、そこに住む人の心理というものを、寸法によってあらわすのが、設計というものであって、設計が、単なる製図ではないという、このことである。
(朝日ジャーナル1965年7月11日号)

2010.6.26
2010.9.17

駆け出し住宅建築家の奮闘記

2010/06/26 19:35

 「毎日のこと」


 朝は7時ころ起きます。
 起きたら、まず歯磨きです。

 朝食はパンとコーヒーです。
 マーガリンとハチミツを合わせて塗って食べると、おいしいんです。
 
 食べた後は水やりをしてごぞごぞした後、隣の部屋で仕事です。
 頭の中は住宅建築のことばかりです。
 
 本屋さんへ行っても、手にするのは建築関連の本ばかりです。
 
 隣の部屋では、もうすぐ1歳になる息子の声。
 泣いたり笑ったり、奇声を発したり、何かを倒す音がしたりしています。
 奇声は、何か子供なりに話しているそうです。
 時々静かになったかと思うと、寝ています。
 
 妻は育児と家事で暇なし。
 洗濯機を回す音、洗剤のいいにおい、
 台所のまな板をたたく音、ご飯のいい香りがしてきます。
 
 家の外からは、鳥のさえずり、電車の音と時々飛行機が飛ぶ音、子供達の遊び声、三味線の音色も聞こえたりします。


 わたしはずーっと住宅建築のことだけ。
                                 
カタカタ(  '-')ヘ_/パソコン


 
 
 建築家:吉村順三氏のことば
「建築家として、もっとも、うれしいときは、建築ができ、そこへ人が入って、そこでいい生活がおこなわれているのを見ることである。
 日暮れどき、一軒の家の前を通ったとき、家の中に明るい灯がついて、一家の楽しそうな生活が感ぜられるとしたら、それが建築家にとっては、もっともうれしいときなのではあるまいか。家をつくることによって、そこに新しい人生、新しい充実した生活がいとなまれるということ、商店ならば新しい繁栄が期待される、そういったものを、建築の上に芸術的に反映させるのが、私は設計の仕事だと思う。つまり計算では出てこないような人間の生活とか、そこに住む人の心理というものを、寸法によってあらわすのが、設計というものであって、設計が、単なる製図ではないという、このことである。
(朝日ジャーナル1965年7月11日号)

 
          2010.6.26

 

駆け出し住宅建築家の奮闘記 

2010/03/04 00:00

■はじめに

 住宅建築家という言葉は、とても奥が深い言葉です。
 
 住宅は数ある建築物の用途の中でも、人を育み、人に最も関わりのある存在です。そして、建築のすべてが凝縮されています。
 
 そんな住宅を設計することは、設計技術を身につけただけではダメです。
 
 人を育む場所は、心が居心地いいと感じる場所でないといけません。
 居心地とは、心が落ち着いて留まる場所のことで、無意識に落ちつけて(頭ではなく心で感じること)、いろんなことを感じられる空間でなければなりません。
 そういう空間創造力が、住宅設計には必要だと思います。
 
 そして、そこに住む人の気持ち・思いを感じ取って、住宅に反映させなければなりません。
 住宅が人を育む場所だから、住宅にも命が宿ったような(住宅が家族の一員のように感じられる)思いが必要だと思います。
 住宅設計には、そこに住む人の気持ちを感じる力が必要です。
人間味が有る人じゃないと、機械的な人ではそういうことは難しいと思います。
 その為には、自分の心や人格を磨かなければいけません。

 
 いろいろ考えていると、住宅設計をするということは生き方そのものだと思えてきます。
 建築家とは、建築に誠心誠意取り組む生き方、そういう生き方をしている人のことだと思います。
 住宅建築家は、人生を通して住宅づくりに向き合う設計者の生き様を表していると思います。
 
                記:2009.8.4

 ↑ということを書いてから、だいぶ時間が経ちました。
 ”建築家”という言葉の扱いは、本当に難しいです。
 
 つくづく思うのは、自分で名乗るものじゃなくて、ひとに呼んでもらうものだということです。
 「私は建築家です」といって、肩を張って偉そぶるのは、どうかなと思います。
 設計士とか建築士という言葉とは、明らかに別格です。設計士も建築士も、技術的なことが身に付いていればいいですが、建築家というと建築以外のことも知っていて、総合的に建築をつくりあげていく人のことだと思います。
 文化、文学、芸術、感性、歴史、風土、ファッション、生活、・・・・etc
 いろんなことを知っていて、いろんなものを繋ぎ合わせてかたちにしていくことが建築だと思います。
 知識だけじゃ駄目で、建築を通して関わる人たちとの、感情や意思、情報を受け取りあう力、まとめる力が必要です。
 道徳とか倫理とか、人格・人柄を磨く必要もあります。
 
 本当にいろんな能力が必要で、そういうものが備わった人はおのずと自分で自分のことを建築家と呼んだりはしないんでしょう。

 建築家になるには、とほうもないことで、ほとんど生き方とか人生そのものだと思えてきます。
 
 いつか建築家と呼ばれるようになれたらなと思いながら、そうなれるように努力していきたいと思って、”駆け出し住宅建築家”という言葉を使わせていただきました。

 自分で自分のことを”不器用”って言うのも、へんなことなんですが・・・。
 2010.3.4追記


                
                
                
 
 このブログは、住宅建築家を志して不器用に生きる、一人の設計者の日記です。

駆け出し住宅建築家の奮闘記

2009/05/11 16:52

 

 家づくりとはどうあるべきか、建築家とはどうあるべきか、それについて自分なりに信念を持って設計事務所を開設(2006.5)し、住宅建築家としての道を歩んできました。
 道のりの中で、理想と現実のギャップに悩むことが幾度もありました。
 道のりは、信念が強くなって、それを貫こうとするほど辛く険しくなっていったような気がします。
(*v.v)。ナンデカナ
 
 そんな、石の上での三年(石の上にも三年)の間に、いつのまにか最初の気持ちを忘れていることに気が付きました。
!!!ヽ(゚Q゚;)ドキッ!!

 

 住宅を設計するのが好きだから
 自分が設計した家に、住んでもらえる喜び
 自分が想像したものが、実際に形になって残っていく喜び
 自分の仕事で、人に喜んでもらえること
 そんな素敵な住宅設計の仕事。
 
 そんな気持ちを、悩んでいるうちに忘れてしまっていました
 (^-^;)ゞ ポリポリ
 
 そうして、自分で道のりをけわしくして、辛い道のりにしていただけなんだと気が付きました。

 家づくりはどうあってもいいし、建築家もどうあってもいいんですね。変に”こうあるべき”と形を決めようとするから、融通がきかなくなって、辛くなるんですね。

 住宅の設計が好きだから、これからもずっとやっていきます。唯其れだけ(^-^)v
 
 記:2009.5.11