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原爆記念日
くにたちに暮らす人々
公開日:2007/08/09 10:22
最終更新日:2007/08/09 10:35
今日、8月9日は、長崎の原爆記念日です。
8月6日は広島の原爆記念日でした。
西山ともこさんから投稿して頂いた記事を掲載いたします。 (こもネットBlog)
「原爆の日に際して」
今日は広島に原爆投下後、62年目の記念日です。
広島市は私の故郷なので、この日に際して投稿をしたいと思いました。
私は小学生から高校卒業まで広島の公立学校で教育を受けました。
そこでは毎夏、平和学習の時間が設けられ、多くの生徒の親族には被爆者がいるので、
その体験の聞き取りレポートが宿題とされました。
そこで、私も当時存命中であり、原爆投下後すぐ爆心地に兄弟を探しに行った祖母に話を聞いた、広島の凪いだ夏の日を思い出します。
そして、校内放送では被爆者である、教員の先生の、
「ある日突然一緒に遊んでいたクラスメート達が亡くなっていった。そして遊び場だった多くの川はあまりの喉の渇きに水を求める人で埋め尽くされた。
けれども自分は生き残ってしまった。その無念の思いと一緒に生きてこれなかった幼なじみへの申し訳ない気持ちは今でも心の中で整理できない。
そのことはとてもつらすぎて今まで話す勇気はなかった。しかし、未来を託すあなたたちには話さなければならない。」
という被爆体験の語りは今でも忘れられません。
私は高校卒業後、大学進学のため神戸に移りましたが、1995年の大震災に遭遇し、そこではライフラインがストップしたので、広島の実家に戻りました。そのとき、近所のおばあさんたちに、 「あの神戸の惨状はピカと一緒よ。よう生き延びたね。」と言われたのは印象的でした。
何度も聞いていた被爆直後の広島の風景が急に現実味をおびました。
私たちが住む町は政治、あるいは世界的な力関係によって、 一瞬にして壊されてしまうかもしれません。神戸は自然災害ですが、広島、長崎、そしてチェルノブイリなどは人災です。私たちは次の世代にこの世界を引き渡すために、 生を受けたのだと私は考えています。
そして、イラク、パレスティナなど、明日を不安に思う生活を余儀なくされている、 同時代を生きる人たちへの平安を願います。
2007年8月6日

