プロフィール

歌田明弘の「地球村の事件簿」maglog版
作者
歌田明弘
作者プロフィール

 1982年から92年まで、『現代思想』編集部を経て『ユリイカ』編集長。その後は、フリーで編集をしたり、大学の非常勤講師をしたりしながら、だいたい原稿を書いています。
 詳細プロフィールはこちら

メッセージを送る

月額料金: 294円(税込)
申し込む

»プロフィール



記事

「ニュース記事は無料」の時代は終わるのか?

新聞

公開日:2009/11/29 19:14
最終更新日:2009/11/29 19:16

ネットのニュース記事を高額課金すると、
紙の新聞に読者が戻ってくるという衝撃の成りゆきに
ニュースメディアの注目がひそかに集まっている。

●「オンライン版は割高」という常識はずれの価格設定


 昨年ネットメディアの取材を受け、「経営的に見れば、新聞社は紙の新聞にしがみつくほうがいいのではないか」と答えた。
自分で答えておきながら、イヤなことを言っているな、と思った。
「これからの新聞社は、サイトをもっと充実させ、ニュース記事のオープン化を進めて、新しいビジネスモデルを打ち立てるべきだ」。
こう言ったほうがはるか に前向きで、読者も新聞社も元気が出るだろう。それとはまったく逆の後ろ向きの発言なわけだから、ネット・メディアについてあれこれ書いてきた私自身もか なり不本意だった。
ただ、わずかばかりの広告収入とひきかえに、ネットで自分たちの虎の子のニュース記事をタダで読ませてしまうのは、現状では自殺行為としか言えない。前々 回書いたように、アメリカで有料課金を始めようとしている人が「アメリカのメディアは10年前に集団自殺をし始めた」と言っていたが、そうした言葉も暴言 とはいえない。
もちろん新聞社がネットで自分たちの規模を維持できる画期的なビジネスモデルを打ち立てられるならば話は別だ。しかし、簡単に見つかるとは思えない。であれば、「経営的に見れば紙の新聞にしがみつくほうがいい」という、はなはだ後ろ向きなことになってしまう。

困ったことに、口にした私自身がゲンナリするようなこの反進歩的解決策の正しさが実証されるようなデータが出始めた。
アメリカで、ロングアイランドの小さな新聞「ニューポート・デイリー・ニュース(以下NDN)」が6月からネットのニュース記事を有料課金した。その日の 新聞だけだと5ドル。1週間で10ドル、4週間で35ドル、年契約は345ドル。紙の新聞を取っている場合は、4週間で11ドル払えばオンライン版も読め るといったぐあいだ。
おもしろいことに、印刷版を宅配してもらえば、4週間で14ドルしかかからない。オンラインで読むよりも20ドル以上安い。年間だと145ドルなので、200ドルつまり2万円近く違う。
ネットのニュース記事を課金しているウォールストリートジャーナルにしても、オンライン版は週1・99ドル、印刷版2・29ドルといった具合で、オンライ ン版のほうが安いのがふつうだ。しかしこの新聞の場合は逆なのだ。しかもオンライン版はそうとう割高になっている。宅配地域内に住んでいれば新聞をとるほ うを選ぶだろう。

もちろん原価的に見れば、これはちょっとおかしい。ネットでは印刷代も流通経費もかからないわけだから紙版より安くて当然だ。この価格体系が物語っている のは、「できるだけ紙の新聞を購読してもらいたいけど、(宅配されていない地域だとかで)どうしても入手できない人は、高いお金を出して読んでね」という ことなわけだ。つまり、紙の新聞を守るための価格体系だ。

●「ネットは無料」の魔法が解けた?

このようにした結果は驚くべきものだった。9月始めの米ニューズウィーク誌が伝えている。
まず新聞社の鳴り響く電話が止まった。それまでは、ネットで記事を読むようになって、新聞講読をやめる電話が次々とかかってきていた。それがなくなった。
読者は街へ繰り出して、新聞スタンドで買うようになった。その結果、スタンドでの売り上げが200部増えた。
たった200部かと思うが、この新聞は13000部しか出ていない。1・5パーセントぐらい増えたことになる。
わずかな増加とはいえ、アメリカの新聞社の 購読者数は、90年代初めに比べて平均20パーセント以上、とくにここ5年間だけで15パーセントも減っている。急減が止まったばかりか逆に増えたわけだ から、変化は大きい。
驚くべき結果だと書いたが、冷静に考えてみれば、これはむしろ当然のことのように思われる。
ネットで無料で読めるのなら、わざわざ買わない。しかし無料で読めないのなら、仕方がない。お金を出して買う。これは当然予想される消費パターンだ。

むしろ不思議なのは、頭のいい人たちが集まっているはずの新聞社が、こうした当たり前のことにこれまで気がつかないできたことのほうかもしれない。
たしかに、ネットに進出すれば、新たな広告収入を得られる。けれども、紙の新聞に比べればわずかなものでしかないことは、どの新聞社もすぐに気がついたは ずだ。しかし、ネット広告収入の伸びが大きかったので、将来性にかけた。ところが金融危機が起こり、ネット広告の将来性に過大に期待することの危うさが感 じられ始めた。その結果「魔法」が解けつつある、というのが現在なのだろう。
わずかばかりの広告収入に引っかかった代償はきわめて大きかった。
ネットの広告収入がこれまでの収入にただプラスされるのであれば、広告収入をねらって無料で記事を出すのは妥当な選択だが、実際に起こったのはそういうことではなかった。印刷版の購読者も広告収入も雪崩(なだれ
を起こしたように減っていった。
日本に比べれば、アメリカのネット広告単価は高かったから、その魔術にいよいよ引っかかりやすかったにちがいない。
逆に言えば、日本はそうした「悪魔のささやき」はなかったはずだが、時代の流れというのは恐ろしい。「ネットに記事を出すのは時代の流れ。アメリカの新聞社はみなやっている」というささやきにそろって屈服した。

●長期的にはやはりジリ貧になる?

ただし、むずかしいのは、ではどのニュースメディアも有料課金すればそれでハッピーかと言えば、おそらくそうはならないことだ。
この新聞が成功したのは、競合紙がほとんどない狭い地域のニュースメディアだからだ。地域の情報を得る代替メディアがないので、紙の新聞が「復活」でき た。競合紙が無料でオンライン記事を提供していれば、読者はそちらに流れる。また現在は競合メディアがなかったとしても、地域の情報を流すサイトがなくな れば、新たな参入者が現われる。印刷版のビジネスに慣れてしまった企業にはあまりにわずかな広告収入であっても、最初からそれでまかなうことを考えている ネット・メディアには十分かもしれない。
ニュース媒体が印刷版からネットへと移行していくのが時代の流れであれば、ネットより印刷版を優先したニュース・メディアは結局はやはりジリ貧になる。
とはいえ、アメリカの新聞社は、もはや長期的展望に立つ余裕はなくなっている。崖っぷちから真っ逆さまに落ちようとしているときに、何年も先のことは考え られない。長期的にはともかく、オンラインのニュース記事に課金して、印刷版からネットへの雪崩現象を抑えられれば、もう少し生き延びれるかもしれない。
となれば、この小さな新聞社の常識はずれのビジネスモデルがアメリカの新聞社にあたえる影響は、けっして小さくはないはずだ。

afterword
「右へならえ」というのは、新聞社にかぎらず日本の得意技だから、新聞社がそろって有料課金に走り出すことは日本でもありえなくはない。しかし、すでにこ れだけ「ニュース記事のオープン化」が進んでしまった以上、いまさらすべて有料化するのはむずかしい。日本では、せいぜい一部のコンテンツを有料化するぐ らいのことになるのではないか。

関連サイト
●紙の新聞より高いオンライン購読料を設定し、ニュースメディアの注目を集めているロングアイランドの小新聞『ニューポート・デイリー・ニュース』のサイ ト(http://www.newportdailynews.com/ee/newportdailynews/index.php)。記事は有料だ が、ブログや動画、死亡記事などのコンテンツは無料で読めるようになっている。
●『ニューポート・デイリー・ニュース』の新しいビジネスモデルの「成功」を伝える米『ニューズウィーク』の記事「ニュースは無料になりたがっていない」(http://www.newsweek.com/id/214607)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.607)

»トラックバック(0)一覧

クリップ