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ソニーの読書端末のひそかな有力コンテンツ
電子書籍
公開日:2010/06/20 20:36
ソニーは電子書籍事業を始めると発表したが、
朝日新聞社も加わっている。
新聞社が電子書籍とどう関係しているのか。
ひっそりと始めたある事業が関係しているのではないか。
●読み手も書き手もほしかったのに存在していない著作物
私は見たくれのよくない店がじつはおいしいのではないかとそちらに賭ける傾向がある。
ところが妻は、「リスクはおかせない」と反対する。なんでわざわざまずそうな店に入るのかというわけだ。
はなはだもっともな主張ではあるのだけれど、みんながまずいだろうと思っている店がじつはおいしいことを見つけた喜びは大きく、ついそうした誘惑に負けてしまう。
こうした話と一緒にすると、やっている人たちに怒られそうだが、最近始まったあるコンテンツ販売は、ちらっと見たときから、地味ながら、おもしろい発想だと興味を持った。
それは4月20日に朝日新聞社が始めた「ウェブ新書」だ。
AStandと名づけた有料コンテンツ配信サイトで、「創刊記念」として6月までは一律105円で売っている。
これのどこがおもしろいのかと思うかもしれないが、興味を惹いたのは、まずこの「ウェブ新書」という名称だ。新聞や雑誌の記事をまとめたものが大半で、記事が105円だと聞くと高いなと思う。しかし「新書」だと言われれば高い感じはしなくなる。
「せこい」と言えばせこいそうしたことがまず頭に浮かんだわけだけど、考えてみれば、こうしたコンテンツは、読み手・書き手両方の需要がありながら、これまで商品として存在していなかったものだ。
本を買っても、結局、最後まで読めなかったということは誰でもあるはずだ。本のこの部分だけ読みたいんだけどなということもある。しかし、そうはいかない。100ページ以上は必要という紙の本はこうした欲求に応じていなかった。
書き手のほうも、本一冊分の分量を書く必要がほんとうはないということもある。しかし本にするためには、前置きをしたり、過去の話を書いたりと、本の体裁にふさわしくするしかなかった。ブログ記事や雑誌の記事よりはもう少し長い量がふさわしいけれど、本ほどは必要ないという著作物は事実上存在しなかった。
「ウェブ新書」は、読み手・書き手両方に幅広くあると思われるこうした需要に応じている。
●死亡記事にも載せることのできる広告は何か?
日経新聞は「ウェブ新書」開始の約1か月前の3月23日にサイトで課金し、新たな電子新聞をオープンした。こちらはかなり力を入れて宣伝し、日経紙面ではもちろん、テレビCMなども打っている。こうした日経に比べて「ウェブ新書」はずっと地味で、ひっそりと立ち上がった。日経が課金を始めたからともかく何かやって見ろと言われて、やってみましたといったふうでさえあった。
まあこうしたところが「穴ねらい」の人間が惹かれやすい要素ではあるのだけれど、「ウェブ新書」には、日経がやろうとしながらまだやれずにいることをやってしまったという側面もある。
日経は、自分たちのコンテンツ販売のプラットホームを他社も使ってもらいたいと考えている。「日経テレコン」というデータベース・サービスで他社でのも含めて新聞・雑誌を横断検索して閲覧できるようにして成功を収めており、ウェブでも、と思ったのだろう。けれども、いまのところ他社は参加していない。
「ウェブ新書」のほうは、朝日新聞社の新聞や雑誌のほか、講談社や小学館、時事通信、ダイヤモンド社、文芸春秋のものも売っている。会社の枠を超えたコンテンツ販売のプラットホームになっている。
さらに興味深いのは、ニュース記事に、関連のある「ウェブ新書」などへのリンクを載せていることだ。いまはまだ「ウェブ新書」の点数が少ないので、リンクが表示される記事は少ない。しかしたとえば、「メディア激変」という連載記事には「新聞社のツイッター『中の人』の社会実験」といったタイトルの「ウェブ新書」へのリンクが表示されている。
新聞社のコンテンツ販売サイトにわざわざ行って購入する人は少ないが、興味のある記事に関連した内容のリンクがあれば、クリックして購入する人はいるはずだ。
メディア・サイトは広告モデルで収益を得ていることがほとんどだが、戦争や事故などネガティヴな出来事の記事には広告を載せにくい。内容と重なっているからといって、自動車事故の記事に自動車会社が広告を出すはずはないし、戦争記事にお墓の広告を出すわけにもいかない。つまりこうした記事は広告モデルでは収益を得にくい。
しかし、イラク戦争の記事に中東問題を扱った「ウェブ新書」などへのリンクを張って販売することはできる。つまり、「ウェブ新書」は広告を出しにくい記事についても収益を得られる希少な方法になっている。
●記事がプロモーション・ツールという逆転の発想
そんなことを思っていたら、5月27日、朝日新聞社はソニー、KDDI、凸版印刷と新会社を作って、年内に電子書籍事業を開始すると発表した。
ソニーは新機種の読書端末を発売するのだという。
iPadの発売前日ということもあって、端末を出すソニーに注目が集まった。しかし、朝日新聞社が電子書籍会社を作って何をやるのかと不思議に思った人もいたのではないか。
キンドルやiPadでも新聞の配信をしているから、そうしたことをまずやると考えられる。しかし、「ウェブ新書」の発売元ならば、もう少し違ったことも可能だろう。
前回、電子書籍が印刷本の販売に影響をあたえることを懸念し、電子書籍の発売に積極的になれない出版社も多いと書いた。
けれども、「ウェブ新書」は店頭から消えた新聞や雑誌などの記事をまとめて販売しているわけだから、既存の商品とは競合しない。目新しい電子書籍が出にくいなか、(ケータイ小説のように)これまでとは違った形の「本」が電子書籍の主要なコンテンツになるということはありうるのではないか。
日本の電子書籍には、新刊書籍の魅力的なラインナップはないかわりに、『「クラウド時代」、変わるメディア』とか『iPadは暮らしをどう変えるのか』などのコンパクトな「新書」が105円で販売されているというわけだ。
先に書いたとおり、asahi.comで、記事はウェブ新書に読者を誘導するための「導線」になっている。ケータイや読書端末などで記事を無料配信し、読者を「ウェブ新書」へ誘導して収益を得るといったビジネスモデルも考えられる。時事的な著作物を売るための販売ツールとして記事を使うというのは、外国でも例がない斬新な試みだ。
取材し書きあげるまでに時間のかかるノンフィクションは日本ではどんどん成り立たない仕事になってきている。記事に連動してコンテンツを売ることのできる「ウェブ新書」はノンフィクションが生き残れる数少ない可能性にもなると思う。
afterword
新聞社にとってはニュース記事こそが商品と思ってきたわけだけど、ニュース記事が無料で、有料なのが「ウェブ新書」ならば、商品は「ウェブ新書」のほうということになる。「ウェブ新書」は、有料コンテンツに利用者を呼びこむためのプロモーション・ツールという逆転の発想になっている。
関連サイト
●朝日新聞社の有料コンテンツ配信サイト「AStand」の「ウェブ新書」のページ(http://astand.asahi.com/webshinsho/)。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.634)

