プロフィール

歌田明弘の「地球村の事件簿」maglog版
作者
歌田明弘
作者プロフィール

 1982年から92年まで、『現代思想』編集部を経て『ユリイカ』編集長。その後は、フリーで編集をしたり、大学の非常勤講師をしたりしながら、だいたい原稿を書いています。
 詳細プロフィールはこちら

メッセージを送る

»プロフィール



記事

じつはどこの会社でもやっている予測市場

予測市場

公開日:2009/09/11 00:51

株の売買のように投資するだけで、
未来が予測できるというのが「予測市場」の理屈だが、
すでにやっていることを少し発展させれば、「予測市場」はできる。

●出版社の最重要事項


 出版社の最重要な決定事項は何だと思うだろうか。
 少なくとも私がかつて務めていた小出版社では、それは本のタ イトル決めだった。本のタイトルはもちろん著作物の一端なので、法的には著者に決める権利があるのではないかと思う。しかし、私が務めていた当時の出版社 の社長は、「本の中身は著者のものだが、タイトルを決める権利は出版社にある」と堅く信じていた。

 社員だった身分でこういうのは何だけど、私のいた出版社は、良心的な出版社と見られていて、実際そうだったと思う。ただタイトルに関しては社長がこういう考えだったので、著者と意見が決裂して険悪なことになることがときにあった。
 法的にはともかく、社長が、「そのタイトルでは本を出さない」と言い出せば(実際にそう言ったことはなかったけれど)本は出ない。実力行使すれば、タイトルを決める最終権限は出版社にあることになる。

 なぜそんなにタイトルにこだわるのかと言えば、いうまでもなく、それが本の売れ行きを決定するからだ。実際、タイトルだけが理由ではなかっただろうが、うまいタイトルをつけてベストセラーになったことがその社でも何度かあった。こうした成功体験も加わって、社長はいよいよ強固にそう主張し続けた。

 こうした事情は雑誌でも同じだ。じつはこの欄のタイトルも、最初のころは私がつけていたわけではなかった。長く続けているので信頼関係もできて、このとこ ろはつけさせてもらっているけれど、当初は、タイトルどころか小見出しも、さらに図版の選定からキャプションまで編集部がやっていた。多くの週刊誌が、連 載はともかく、特集など大きくあつかうコーナーはとくにタイトル決めに神経を使っている。

 「タイトルを決める権利は出版社にある」と信じたとしても、うまいタイトルはそうそう簡単につけられるはずはない。社長も担当編集者も、いくつか候補を前 にして悩む。 「うーん、どれがいいか決められない」ということになると、私のいた会社では、タイトルを並べた紙が回ってきた。どれがいいかそれぞれ選んで ○をつけろというわけだった。
 そこまでするのだから、当然多く○がついたタイトルが選ばれると誰しも思うわけだが、かならずしもそうではなかった。そうやって選ばせておいて、結局は社 長がいいと思ったものにやっぱり決めてしまうことも多かった。
 
小出版社の社長というのは、よくもわるくもそうした偏屈なところがあって、それがまあ出版社 の持ち味になっていたりもする。

●ネット企業「御三家」もやっている予測市場

 さて前置きが長くなったが、今回は、企業内の「予測市場」のことをとりあげようと思って、こうした話を持ち出したのだった。
 予測市場というのは、前回書いたように、結果を予測して(だいたいは仮想の)持ち金を投資する。すると、こうした予測は、往々にして正しい結果になっている、というものだった。「みんなの意見は案外正しい」理論の実践例である。
 私のいた出版社は社員が20数名しかいなかったので、予測市場としては規模が小さく、十分な市場とは言えなかったかもしれないが、それでも、どれが売れそうな本のタイトルになるかを予測し、持ち金(つまり○印)を投じるという一種の予測市場をやっていたわけだ。

 こうしたことは、出版社でなくても、どこの会社でもやっているのではないか。
 ○をつけるのだとあまりに単純だが、たとえば持ち点100で、もっともいいと思ったのに60、次にいいと思ったのに40などと投資する仕組みにすれば、もっと予測市場らしくなっていく。

 予測市場の研究は少しずつ積み重ねられ、こうした予測はけっこう正確らしいというデータも出てきた。となれば、実際に企業の決定に使うところが出てきても 不思議ではない。
 とくにIT企業は、新しもの好きに加えて、内部のプログラマーに頼めば、簡単に社内ネットワークに予測市場を作ってもらうことができる。 となれば、当然のようにやるところが出てくる。
 アメリカでは、グーグル、ヤフー、マイクロソフトの「ネット御三家」がいずれも予測市場を実験してみたそう だし、ヒューレット・パッカードは社員と管理者向けに、「頭脳(ブレイン
」と名づけた予測ソフトを開発した。同社のコストに大きくかかわるメモリの価格予測に試して、精度の高さを確認したとのことだ。

 通常の予測では、予測者の気質や誰に報告するかといったことに左右されがちだ。
 また社内の階層もあってスピーディーな報告がなされない。「ブレイン」は、 予測市場参加者の気質などもデータ化して偏りを修正することまでやっている。だから、より正確な結果が出るという。少数の幹部だけがメンバーでも、月次の 売上げや営業利益の予測をはじきだせるのだそうだ。

●ビル・ゲイツの激怒もものともせず‥‥

 マイクロソフトでは、なんと開発チームのメンバーが製品の発売日の予測市場を立ち上げた。
 外部に販売しない社内向け製品について実験的にやったということ らしいが、マイクロソフトの製品発売は、当初の予定がどんどん遅れることで知られている。しかしもちろんそれでいいわけはない。
そうした事態になると、ビ ル・ゲイツがかんかんになって怒るということが、マイクロソフトについて書いた本などで暴露されている。それなのに、製品を完成させる当事者たちがよくも そんなことをやったものだ。

 マイクロソフトのこの予測市場では、立ち上がってすぐ「予定よりも早く公開される」という予測価格はゼロになり、「予定通り公開」の価格も暴落した。
 発売日がいつも遅れることは、社員ならもちろん誰しも知っている。だから当然ともいえる成りゆきだが、なにせ予測しているのは当の開発者だ。スケジュール担当のディレクターが同僚を説得してまわり、「予定通り公開」価格を上昇させる内部工作が行なわれたという。
 まあこうなってくると、予測の公平性はあやしくなってくる。あくまでも「お遊び」なのだろうが、こんな予測がビル・ゲイツに知られれば、またまた激怒は免れなかっただろうな、と他人ごとながら心配になる。

 グーグルは、もっとまじめにやったようだ。
 論文も出ている。
 「『スター・ウォーズのエピソード3』の出来映えはどうか?」とか「ガソリンの価格はどうな る?」といった仕事に関係のない予測市場も3分の1ぐらいはあったが、ほかは、「Gメールの利用者数はどれぐらいになるか」(メールサーバーの調達がか かっているのできわめて重要だ)、「アップルがインテル・ベースのマックを作ると思うか」とか、「Aの機能を使った利用者はBの機能を使うと思うか」と いった重要事項にかかわる予測市場も立ち上げたそうだ。
 グーグルの予測市場を分析した論文は、社内事情や創造性の秘密の一端が感じとれておもしろい。次回詳しくとりあげよう。

関連サイト
●ヒューレット・パッカードか開発した予測ソフト「BRAIN」(http://www.hpl.hp.com/research/idl/projects/brain/index.html)。

afterword
前回とりあげた衆議院選の予測市場の選挙当日の数値は、民主党319、自民党119、公明党20だった。実際の結果は、民主党308、自民党119、公明党21だったので、民主党の予測値は実際より多かったが、自民党はズバリ当たり、公明党もかなり正確だった。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.597)

»トラックバック(0)一覧

クリップ