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歌田明弘の「地球村の事件簿」maglog版
作者
歌田明弘
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 1982年から92年まで、『現代思想』編集部を経て『ユリイカ』編集長。その後は、フリーで編集をしたり、大学の非常勤講師をしたりしながら、だいたい原稿を書いています。
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米新聞社「最後の戦い」

新聞

公開日:2009/11/15 11:44
最終更新日:2009/11/16 00:47

ジャーナリズムを講義している教官が、メディアの仕事の魅力を語ると、
「将来性のない仕事を勧めた」と学生の親に怒られる。
そんな時代になってきたらしい。

●有料課金はメディアを救うか?

「最後の戦い」とはなんと大げさなタイトルかと思うかもしれない。しかし、今回書く試みに失敗すれば、さしあたりアメリカの新聞社には経営の展望がなくなるのではないか。

 その試みとは有料課金である。
 『ジャーナリズム・オンライン(以下JO)』と名づけた組織が、計1億人以上のオンライン読者を持つ1000以上の新聞社や雑誌社と話をつけ、有料課金に乗り出そうとしている。12月初めに実験的に始めるようだ。

「今さら有料課金したって、うまく行くはずがない」まあたいていの人はそう思うだろう。
「アクセスが激減して広告収入が減り、結局のところ損するだけさ」という醒めた声もある。
 もちろんこれをやろうとしている人たちも、そうしたことはわかっている。
 だから、全面課金しようというわけではかならずしもない。発行元がそうしたければできるが、JOを立ち上げた人びとは、コンテンツの一部有料化のほうをむしろ考えている。
 年契約、月決め、記事単位などさまざまな支払い方法を用意し、一定の額を払えばどの新聞・雑誌も読めるようにもできる。
 さまざまな選択肢を発行元が選べるようにして、その結果を参加メディアに示し、それぞれ収益が上がるやり方を見つけてもらおうとしている。

 読者のほうも、個々の媒体ごとに有料課金するのであれば、いちいちクレジットカード登録をしなければならないが、課金の共通プラットホームができれば、一回登録するだけで、どの媒体のコンテンツも簡単に購入できるようになる。

●メディアに行ったら学生ローンが払えない

 しかし、ほんとうにうまくいくかどうかはやってみなければわからない、というのが彼らの本音のようだ。とはいえ、こうした試みがなぜ必要なのかという切実さは、彼らの言葉から伝わってくる。
 この組織の創立者の一人スティーヴン・ブリルは、ここ8年ほど母校のイエール大学でジャーナリズムの講義をしてきた。1年半ほど前、教え子の母親が電話をかけてきて、「あなたは娘に何ということをしてくれたんだ」と怒られたという。前の夏に娘はコンサルティング会社でインターンをしていたのに、あなたが娘をだまくらかしたばっかりに、「将来性のない仕事(デッド・エンド・ジャブ)」に就こうとしている。「学生ローンの支払いをどうしてくれるの」と非難されたというのだ。いうまでもないが、「将来性のない仕事」というのは、ジャーナリズムの仕事ということだ。

 この話は、私にも他人事ではない。私も一コマだけだが、ジャーナリズムと名のつく授業を受け持っている。メディア志望の学生たちに、彼らが就きたい仕事について、いまの状況をどう話したらいいものか迷っている。

 だいたいこういう名前の講義は、「ジャーナリズムというのはこんなにおもしろく社会の役に立っているんですよ」と言ってその仕事を勧めるというのが、おそらくこれまで行われてきたことなのではないか。
 しかしいま、「あなたたちの就こうとしている仕事はビジネスモデルが崩壊しつつある」と言わないとしたら、学生をだましていることになる。

 それがたとえほんとうのことだとしても、では能力のある学生がジャーナリズムをめざさなくなってそれでいいのだろうかと、それもまたためらわれる。
 大手メディアに高給目当てで入られても困るので、どうしてもその職に就きたい人だけが行くようになるのは健全だ。しかし、将来リストラもしくは経営破綻によって失業するリスクも小さくはない業種ということになれば、積極的に勧めていいものかとも思う。

 つい最近も、その名前を聞けばジャーナリズム志望の学生誰しもが行きたがるような大手メディアで面接を担当したという人から、「募集をするとほんとうに優秀な人が集まるんだけれど、先の展望のないうちがそんな人間をとっていいものかと思う」という言葉を聞いて絶句した。

 今後、印刷版の新聞読者が増えることは考えられない。印刷版の広告収入が減ることも避けられない。ネットへ移行していくことになると思われるが、そのネットは、「アナログの1ドルはデジタルの1セントにしかならない」とNBCのズッカーCEOが言ったとおりで、得られる広告収入の桁が違う。ネットへ移行すればするほど苦しくなっていくことは明らかで、現在の組織をそうとうスリムにしても生き残れるかどうかはわからない。私は、大きな組織になれてしまった日本のメディアが頭をまったく切り換えて、生き残れる規模にまで縮小することはかなりむずかしいのではないかと思っている。
 だから、「能力があってどんな仕事にでも就けるのであれば、ほかの仕事を探したほうがいいのではないか」と大手メディアの面接担当者が思う気持ちはよくわかる。

●メディアは10年前に集団自殺を始めた

 しかし実際のところ、アメリカの新聞社に比べれば、日本の新聞社はまだましだ。
 日本の新聞社はだいたい3割が広告収入で、7割が購読料収入だ。アメリカは比率が逆だから、広告が減ればただちに大打撃を受ける。日本のように宅配が行き届いている国では、購読者の減少が比較的ゆるやかなものになる傾向もある。幸か不幸か日本では、新聞メディアのネットへの移行は、アメリカよりもずっとゆっくりしたものになるだろう。

 でも、アメリカはそうはいかない。
 あろうことか、苦しくなったアメリカの新聞社は新聞の値段を上げ始めている。先のブリルも言っていることだが、これでは、「印刷版をとるのを止めてネットで無料記事を読もう」と言っているようなものだ。
「いまから5年か10年、あるいは15年かもしれないが、新聞はほとんど完全に、キンドルやiPhoneのような電子機器にオンライン配信されるようになるだろう」とブリルは予想している。

 おもしろことに彼は、「雑誌はちょっと違うかもしれない」とも言っている。
 その理由は語っていないが、グラフィックな要素が強い雑誌は印刷版だからこその魅力がある。だから、完全には電子メディアに移行しないと思っているのではないか。

 それはともかくブリルは、先の母親に対する答えを2年近く探し求めたあげく、彼女の非難はまったく正しいと思うようになったという。

「なぜなら約10年前、ほとんどの新聞や雑誌の発行者は、オンラインのものは無料にしなければならないというバカげたインターネットのスローガンに屈服して集団自殺し始めたからだ」。

 歴史を振り返っても、上質なジャーナリズムがコンテンツを無料にし、広告収入にのみ支えられた試しはない。インターネットは文化的ウィルスによってメディアの経済モデルを浸食してしまったとブリルは慨嘆する。

 次回はブリルらが提案する有料課金モデルの詳細とその可能性について書くことにしよう。

afterword
 広告依存の度合いが強い現在のネットでは、ネットに移行したメディアは不安定にならざるをえない。しかし、課金モデルがある程度成立すれば、ネット・メディアにはもう少し幸福な未来もありうるように思う。次回はそうしたことを書く。

関連サイト
●『ジャーナリズム・オンライン』のサイト(http://www.journalismonline.com/home.php
)。「ジャーナリズム・オンラインは、ニュースの未来にとって重要なこの時期に、オンラインの課金モデルへの移行を発行元のために成功させ、読者のためには簡単なものにする仕事の先駆けとなる」とトップページで謳っている。
●『ジャーナリズム・オンライン』が立ち上げようとしている有料課金のシステムについて、創立者の一人スティーヴン・ブリルが詳しく述べている今年6月の講演(http://www.journalismonline.com/html/brillspeech061709.pdf
)。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.605)

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