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ハイパーローカルなジャーナリズムの時代がやってきた?
メディアの未来
公開日:2010/02/16 19:53
最終更新日:2010/02/16 20:12
アメリカでは、衰退していくマスメディアをよそに、
焼け野原に立つ小屋のようなジャーナリズムが生まれ始めている。
●地道な草の根メディアの誕生
90年代のアメリカで、ジャーナリストたちが市民と積極的にかかわり世論づくりをする「パブリック・ジャーナリズム」の運動が広がったが、結局この運動は失敗してしまったと語る、この運動の中心人物ジェイ・ローゼンのインタヴューを前回紹介した。考えてみれば、この結果は当然かもしれない。
世論作りもジャーナリズムの仕事と思われているが、報道機関は、世論作りによってお金を得ているわけではない。ニュースを送り届けることによって成り立っている。世論づくりではお金にならず、手間もお金もかかる活動が続かなかったというのは不思議ではない。
ローゼンの自虐的な感じさえする前回のインタヴューはいささかショッキングだったが、では、こうした運動はほんとうに雲散霧消してしまったのだろうか。
そうではなかった。
読者減と広告減の二重苦に見まわれ、アメリカの新聞ジャーナリズムは「焼け野原」状態になりつつある。しかし、こうした焼け野原に立つ掘っ立て小屋のようなメディアがネットを使って生まれ始めている。
ひとつは、リストラの嵐が吹き荒れる新聞社を去ったジャーナリストたちが集まり、手薄になった調査報道を行なう非営利の活動だ。権力の監視などを行なう、いわば正統派ジャーナリズムの流れである。
もうひとつは、先のパブリック・ジャーナリズムの延長上に出てきたものだ。
営利の報道機関が地域住民とかかわって繰り広げる活動は長続きしなかったが、地域住民の身近な問題がなくなったわけではない。こうしたニュースを伝え、世論作りをしたり、場合によっては運動を起こす必要は消えてはいない。
前回のインタヴューでローゼンが、「市民と報道機関のあいだに断絶が存在することが確かめられてしまいました」と言っているのは、住民の問題意識とメディアのやることにこのような亀裂ができてしまったことを指している。その結果、ローゼンの言うとおり、報道機関は脇に押しやられ、世界を変えることについてもはや積極的な役割を担えず、かわって人びとが自分たちで情報をやりとりし、世界を動かし始めた。
こうした動きを地道に支えているのは、メリーランド大学コミニケーション学部のJラボだ。前々回も少し紹介したが、Jラボは「インタラクティヴ・ジャーナリズム研究所」の略で、ジャーナリストや市民によるデジタル技術を使った新たな報道の助成を目的に、02年末に設立された。
●市民メディアは一時の流行かニュースの未来か
04年から05年にかけて、インドネシアの津波やロンドンでの同時爆破テロ、あるいはアメリカのハリケーン「カトリーナ」による被害など、これらの出来事では、一般の人びとが映像をまじえて現地の様子を伝えた。市民のコンテンツが大きな威力を発揮することが証明された。
このころからJラボは、こうした市民による活動が次の時代のジャーナリズムを担うと考えるようになった。地域で欠けている情報を市民自身が伝え、世論形成においても積極的な役割を担うようになっていくと、市民記者やコミニティのウェブ上の活動に対する資金提供やノウハウの伝授を、活動の中心にすえ始めた。ジャーナリズムへの支援に積極的なナイト財団が資金を提供し、Jラボが企画を立てるといった形で活動を展開している。
実際のところアメリカでは、二紙あった地元紙が一紙になり、やがて一紙もなくなるということが起こり始めている。また、コストのかかる各地の支局が閉鎖されている。地域のニュースがまったくカバーされなくなりつつある。焼け野原に小屋を立てる必要はどんどん増している。
昨年2月にJラボのトップ、ジャン・シーファーは、こう言っている。
「多くの報道機関が今年つぶれるだろう。しかし、地方や地域のニュースの欠落は、力強く埋められようとしている。なぜか? ハイパーローカルな新参ニュースメディアが、メディアを失ったコミニティのためにニュース・サイトを立ち上げつつあるからだ。コミニティのニュースがカバーされなくなったとき、人びとは自分たちでローカルなニュースを集め、伝え始めている」。
Jラボの調査では、05年以来、全米で180のコミニティや財団が115のニュース・プロジェクトに計1億2800万ドル近くの資金援助をしてきたという。
Jラボ自身も、「新しい声」と題したプロジェクトを立ち上げ、今年は8つのプロジェクトにそれぞれ2万5000ドルまでの資金援助をするそうだ。応募できるのは新しくスタートするプロジェクトに限っており、資金援助が終わったあとも活動を続けられる計画を示すことが条件だ。持続可能な市民メディアを求めている。
Jラボは「市民メディア――一時の流行かニュースの未来か」と題した07年のレポートで、04年がブログの年で、05年と06年にハイパーローカルの市民メディアが急速に増加していったと冒頭で説明している。
ハイパーローカルというのは、ローカルよりももっと限られた地域という意味だ。ウィキペディアではハイパーローカルについて、そうした要素に加え、その地域の住民によって生み出され消費されるもの(ただし写真などはその地域の住民が撮ったものでなくてもハイパーローカルでありうる)と定義している。
このレポートによれば、ほとんどの市民メディアは数人で運営され、かかわっている人の6割はジャーナリズム経験がない。また、報酬を得ている人は少なく、持ち出しのことも多いようだ。しかし、「どれぐらい活動にかかわり続けるつもりか」という問いには、1年から4年までの期間や「資金がなくなるまで」という選択肢は無視され、なんと81パーセントもの人が「ずっと」と答えたという。
とはいえこのレポートは、市民メディアはローカルな報道の一部として生き残り続けるだろうが、個々のサイトが生き残れるわけではないとも書いている。
●切実な問題意識のあるメディアは強い
昨年Jラボは、「新しいメディアの作り手たち」と題したレポートとビデオ映像も公開した。新しい中学校の建設や町の開発について疑問を持った主婦三人が、自分たちのメディアを立ち上げたといった話が紹介されている。
こうしたメディアは問題意識も切実さも明白だ。またネットを使えば、それほどお金をかけず、とりあえずメディアができる。差し迫った問題意識があるあいだは活動を続けるだろう。
日本でも、各地域のニュースをカバーしている支局や地方紙がなくなっていくようなことがあれば、「全国レベルでは知られていないが、地元の人だけが知っている」というメディアがオンライン上に次々と生まれることも考えられる。
afterword
興味深いことに、Jラボに資金援助を求めているのは、いまや草の根メディアばかりではない。昨年はニューヨークタイムズが、デジタルで新たな試みをすると資金援助を求め、1万ドルを獲得している。「100万円たらずなんだから自分たちでまかなえるだろうに」と思うが、いまやこれぐらいのカネも必要らしい。
関連サイト
●市民メディアの活動について映像とレポートで紹介しているサイト「新しいメディアの作り手たち(New Media Makers)」(http://www.kcnn.org/toolkit)。
●市民メディアについての調査をまじえてその活動を紹介しているレポート「市民メディア――一時の流行かニュースの未来か」(http://www.kcnn.org/research/citizen_media_report/)。市民メディアに深く関わっている31人にインタヴューし、オンラインでの191人の回答を参考に作成されている。
●オンライン・メディアの法的問題を無料で支援してくれる組織もできている。「オンライン・メディア・リーガル・ネットワーク」(http://www.omln.org/)。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.617)

