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歌田明弘の「地球村の事件簿」maglog版
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歌田明弘
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 1982年から92年まで、『現代思想』編集部を経て『ユリイカ』編集長。その後は、フリーで編集をしたり、大学の非常勤講師をしたりしながら、だいたい原稿を書いています。
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じつはいろいろある「何とかジャーナリズム」

デジタルとマスコミ

公開日:2010/03/07 12:19
最終更新日:2010/03/08 00:24

ジャーナリストというのは、
いまや名乗るのがためらわれる言葉になってしまっているが、
その一方、新たなジャーナリズムが次々と生まれている。

●仕方がないから名乗る名称がジャーナリスト

 日本やアメリカのジャーナリズム運動についてこのところ書いてきたが、「ジャーナリズム」とか「ジャーナリスト」が日本のどこに存在しているのかは、けっこうむずかしい話だ。

 朝日新聞の論説主幹の講演録がネットに載っているが、そこで次のように話している。

「『職業は何ですか?』と聞かれた場合、私は『新聞記者』と答えている。なぜ『私はジャーナリストです』と言わないかというと、『そんな立派な人間ではない……』と感じてしまうからだ。もちろんジャーナリストとしての誇りはある。おそらくジャーナリストの精神といえば、発表モノのように情報を右から左に流すのではなく、理念や志を持って取材することを指すのであろう」。

 論説主幹は社説の責任者で、いわば記者の最高峰だ。その地位に上り詰めた人が、ジャーナリストと名乗れるほど立派な人間ではないと言っているわけだから、これを聞いた朝日の記者はとてもジャーナリストだとは名乗れないだろう。
 自分だけの問題ではないのだからあっさりそんなことを言ってしまっていいのかという気もするが、では、誰がジャーナリストと名乗れるのか。

 ノンフィクションの書き手も広い意味ではジャーナリストに違いない。
 しかし、ノンフィクション・ライターの最相葉月氏は、日本でジャーナリストを名乗るのは取材を通じて巨悪を糾弾する人々を指すことが多いと思うので自分はそう名乗らないと新聞に書いていた。最相氏のこの意見はよくわかるが、首相を追いつめる仕事までした立花隆氏も、(理由は知らないが)ジャーナリストではなくて評論家と名乗っているようだ。

 ノンフィクションの書き手よりも新聞記者のほうが抵抗なくジャーナリストと名乗るのかと思っていた。
 しかし、大手新聞の記者にそう話したら、先の論説主幹の言うことはまったく不思議ではないとあっさり言われてしまった。自分たち記者はジャーナリストなどと名乗れるとは思っていなくて、どこそこの記者だとしか名乗らないのだという。
 でも、新聞記者をやめて仕事をしている人の多くがジャーナリストと名乗っているではないかと指摘したところ、それはもう新聞記者と名乗れないからそう言っているのにすぎないのだそうだ。
 もちろん自分はジャーナリストだと自負があって名乗っている人もいるのだろうが、言われてみれば、たしかに「そんなものかも」という気がしてくる。

 少なくとも日本では、マスメディアの中心にはジャーナリストだと自称する人はいなくて、周辺部にはいるが、それは「仕方なく」というはなはだ控えめなことであるようだ。つまりジャーナリズムとかジャーナリストという概念が膨れあがって、もはやそう簡単に名乗れる状況ではなくなっているのだろう。

●日本に「ジャーナリズム」はない

 私自身、ほかの人が私の履歴や肩書きにジャーナリストと書いたときにはあえて反対しないが、ジャーナリストというのは自分で名乗るのではなくて、他人がその名に値すると見るかによるのだと思っている。
 とはいえ、ジャーナリズムとかジャーナリストという言葉があまりに堅苦しくなりすぎてしまっている気はする。もう少しいろいろなジャーナリズムがあってもいいのではないか。

 そんなことを思って、英語版ウィキペディアのジャーナリズムの項目を見ると、じつにいろいろなジャーナリズムがあった。パラシュート・ジャーナリズムにサービス・ジャーナリズム、データベース・ジャーナリズムなど、耳慣れない言葉が並んでいる。
 一方、日本版ウィキペディアでは、驚くことにジャーナリズムという項目はなくて(!)、「報道」にリダイレクトしてしまう。
 さすがにこれには、ジャーナリズムと報道は「若干意味合いが違います」と06年にクレームがついた。そのとおりだと思うので加筆してほしいという声も上がったが、現在もそのままだ。

●はてなブックマークは民主的ジャーナリズム

 英語版ウィキペディアに上がっている新奇なジャーナリズムはどんなものなのだろう。

 パラシュート・ジャーナリズムは、よく知らない地域に行ってレポートすることを指す侮蔑的な用語で、知識もなく締め切りが迫っていることから、しばしば不正確だったり歪められた事実が伝えられると解説している。

 この言葉は聞いたことがあったが、サービス・ジャーナリズムというのは知らなかった。消費者指向の強い記事や情報で、おもに雑誌について使われるようだ。いくつかの雑誌の例があがり、「あなたの使えるニュース」というスローガンがこの言葉をうまく定義していると書かれている。コンピューター雑誌などはまさにサービス・ジャーナリズムなのだろう。

 デモクラティク・ジャーナリズムというのもあった。
 そもそも民主的でないジャーナリズムがあるのかと思ったが、これは21世紀に登場したジャーナリズムだと「ジャーナリズム」の項目で説明している。ソーシャル・ブックマークの登場によって生まれたとのことだ。はてなブックマークのように読者の投票でニュース記事のランキングが決まることを指すのだという。コメントの集まり具合によってスレッドの位置が変わる2ちゃんねるなどもそう言えるかもしれない。

 データベース・ジャーナリズムは、この言葉が生まれた50年代にはコンピューターに支援された報道のことだった。しかし、コンピューターを使うのが当たり前になって、しだいに意味が変わってきたという。
 従来のジャーナリズムはストーリーが最終成果物だったが、データベース・ジャーナリズムではデータベースに事実を集め、それが編集の必要に応じて公開される。07年にネット上の地図を使ったデータベースが作られ、急速に進展したという。たしかに選挙のときなど、地図上の関心のある場所をクリックすればその地域の候補者の情報が出てくるといった仕組みが、アメリカのあちこちのニュースサイトで作られた。こういうのがデータベース・ジャーナリズムというわけだ。

 ウィキ・ジャーナリズムという項目も英語版ウィキペディアにはある。
 ウィキペディアはウィキというソフトを使った百科事典だが、その姉妹サイトにウィキ・ニュースというのがある。こちらはウィキを使ったニュース・サイトで、ウィキ・ジャーナリズムもデータベース・ジャーナリズムのひとつだ。

 イマージョン(没入)ジャーナリズムというのもある。
 ある状況やできごとに入りこんで個人的な観点から伝える。週刊アスキーにも「カオスだもんね!」という人気連載があるが、これなどはマンガによる没入ジャーナリズムだろう。

 なんだ、朝日新聞はジャーナリズムをしていないのかもしれないが、週刊アスキーは立派にいくつものジャーナリズムをしているじゃないか・・・・といったら言い過ぎか。

afterword
同じ情報源に頼ってどこもかしこも同じようなことを報道するパック・ジャーナリズム、編集者の命令ではなくて記者が自発的に取材し記事を書くボトムアップ・ジャーナリズム、そのほかバックパック・ジャーナリズムに予防的ジャーナリズムと英語版ウィキペディアにはまだまだいろいろ並んでいる。

関連サイト
●『Business Media 誠』の記事「朝日新聞の“名物記者”は、こんな人たちと戦ってきた」 (http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0912/15/news008.html
)。昨年12月に行なわれた朝日新聞の論説主幹・若宮啓文氏の講演の採録。英語版ウィキペディアによれば、発表ものを右から左に流すように記事にすることを「churnalism」というらしい。
●さまざまな「ジャーナリズム」が並ぶ英語版ウィキペディアの「ジャーナリズムというジャンル」のカテゴリ・ページ(http://en.wikipedia.org/wiki/Category:Journalism_genres
)。ウィキペディアのカテゴリには、「ジャーナリズム」というページもあって、そちらにもいろいろ並んでいる。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.619)


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