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歌田明弘の「地球村の事件簿」maglog版
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歌田明弘
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 1982年から92年まで、『現代思想』編集部を経て『ユリイカ』編集長。その後は、フリーで編集をしたり、大学の非常勤講師をしたりしながら、だいたい原稿を書いています。
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変化を促進する「技術革新ジャーナリズム」

メディアの未来

公開日:2010/03/14 17:50

技術革新を促進するジャーナリズムをスタンフォード大学が提案し、
北欧を出発点にEUやメキシコ、アジアにまで広がり始めている。

●電球が広まるためには社会の認知が必要だった

 前回、英語版ウィキペディアには新奇な「何とかジャーナリズム」がいろいろ並んでいると書いたが、イノベーション・ジャーナリズムというのもあった。
 耳慣れない「何とかジャーナリズム」のウィキペディアの項目は簡単な説明しかないものが多いが、この項目はけっこう充実している。略して「インジョ」と呼ぶそうで、この項目からリンクを張っている説明文書も長大なものが多い。

 イノベーションというのは直訳すれば「革新」だが、革新陣営などというときの「革新」というより「技術革新」の意味のようだ。イノベーションが通常、ビジネス、科学技術、政治それぞれの側面から別個に報道されることを問題にしている。報道機関の内部でもそれぞれの分野はセクションが別で、お互いに侵蝕しないようにしている。しかしそれではダメで、イノベーションがいかに起こるのかを横断的にとらえる必要があるという。

 03年にスタンフォード大学がプロジェクトを立ち上げ、関心のあるジャーナリストを集めてこうした報道について研究し、実践を広げている。
 たしかにきちんと報道されることできちんと認知され、発展していくということは何によらずある。

 電球の技術は40年も前からあったが、エジソンがビジネスモデルを明確にすることで投資が集まり、商業的に成功したという。
 この試みを始めたスタンフォード大学の研究者は、こうした例を引いて、広い認知を得ることがいかに重要かを説明している。とくに情報が氾濫し、アテンション・エコノミーなどという言葉が生まれ、人の注意を引くことの重要性が高まっている。そうしたときには、こんなジャーナリズムがいよいよ必要になっていると述べている。

●イノベーション・ジャーナリズムと北欧社会

 高福祉社会を維持するために経済発展が是が非でも必要と考えるスウェーデンやフィンランドなどの北欧諸国が、スタンフォード大学と協力して、こうした教育プロジェクトを始めた。その後EUなどでもカンファレンスが開かれ、スロヴェニアやメキシコ、そしてアジアでも経済発展に意欲を燃やすパキスタンなどが国ぐるみのプロジェクトを始めている。
 フィンランドのイノベーション・ジャーナリズムのサイトにはこう書かれている。

「変化が、社会におけるほとんど唯一変わらない要素になったときには、ジャーナリズムはことさらに変化のジャーナリズムでなければならない。イノベーション・ジャーナリズムの目的は、未来社会の仕事をできるかぎり透明度の高いものにすることにある。
 イノベーション・ジャーナリズムは技術発展に関心を持つとともに、社会の変化にも関心を向ける。これらふたつは深く関わっている。技術発展は、それを容易にも困難にもする社会基盤のなかで起こる。その一方、新しい技術は、よくも悪くも社会の変化を促進する。そこには勝者も敗者もある。
 恒常的な変化は、生活をストレスの多いものにする。それがうまくいくのは、勝者が敗者に対して責任を持ち、最終的にはみんなが勝者になるという信頼感を持つことができるときのみである。イノベーション・ジャーナリズムが北欧の福祉国家のゆくえについての議論と結びつくのは、こうしたことのためだ」。

 これを読むと、なぜ北欧社会が関心を持ったのかがよくわかる。
 北欧は競争のない福祉社会ではない。競争を促し、先行きのない業界や企業には退いてもらう。基本的に、日本のように困っている業界や企業を助けることがないかわりに、社会のセーフティ・ネットを手厚く張りめぐらす。職を失った人には教育や訓練の機会を無料で提供し、生産性の高い新たな産業に人も投資も向ける。そのためには、新たなイノベーションの芽をいち早く見つけ、認知を広める必要がある。イノベーション・ジャーナリズムはそのために役に立つというわけだ。

●次の可能性につながる「弱いシグナル」の見つけ方

 こうした発想のもとに行なわれた研究には、たとえば、「弱いシグナル」を発見するにはどうすればいいのかといったものがある。

 ビジネス・ニュースは、しばしば新たな可能性につながる弱いシグナルを見過ごし、その一方バブルを助長する。ビジネス記事の書き手は、一記事にひとつのシナリオしか描かないので、そうしたことが起きる。企業も社会も、誰でもわかる強いシグナルではなくて、新たなトレンドを作る弱いシグナルを発見しなければならない。

 たしかに、日本が勢いのあるときには、その繁栄がいつまでも続くかのようにメディアは書きたてた。潮流が逆になればまた同じことの繰り返しだ。エコノミストたちも、経済が絶好調のときには不景気になると言いにくいし、また逆に、先行きが暗いと思われているときに「未来は明るい」などとは言いにくい。ところが、言い出しにくい方向に世の中が向かうことも多い。

 この研究は、弱いシグナルを見つけるにはどうすればいいのかを、実際の新聞記事を分析して実証的に示している。

 弱いシグナルを見つける方法は、言われてみればそのとおりという気がする簡単なものだ。「記事の最後に注意を払え」というのだ。強いシグナルは見出しなどに書かれていることが多いが、弱いシグナルはしばしば文末に書かれているのだそうだ。

 顕著な例は冒頭に書き、見出しにもするが、どうなるかわからない「弱いシグナル」は、こういうこともあるかもしれないと最後に書くというのはたしかによくあることだ。もちろん最後に書いたことも何の兆候もないわけではないが、大々的に書くほどの確証や自信はない。とはいえまったく無視するのもどうかなということだったりする。それこそがまさに「弱いシグナル」というわけだ。
 そこに注目すべしというのは、言われてみれば当たり前のことだけれど、書き手の心理を突いていておもしろい。

 イノベーション・ジャーナリズムなどというと新しい気がするが、実際はたとえばアスキーなどの雑誌が以前からやっていることだろう。IT全体からパソコンの新しい機能といったものまで、可能性に富む「兆し」を見出し、紹介するという形でイノベーションを促進してきた。

 少し前のことで言えば、「クラウド」なども、グーグルのCEOが言い出し、それをあちこちのメディアが取り上げて新しいトレンドになった。クラウドはいまはもうどちらかと言えばバブル的な取りあげ方になってきたような気もするが、ともかくコンピューター雑誌などは、ずっとイノベーション・ジャーナリズムをやってきたとも言える。しかし、名前をつけてみると、こうした報道の意味がはっきりしてくることは確かだ。

afterword
 何かの役に立つジャーナリズムというのは、じつは正統派ジャーナリズムから嫌われてきた。権力の監視や真実を伝えることそのものに価値があり、「何かのため」と考えることはすでに偏向しているというわけだ。このイノベーション・ジャーナリズムがおもしろいのは、こうした伝統的なジャーナリズム観と大きく異なっていることだ。

関連サイト
●イノベーション・ジャーナリズムの創始者デヴィッド・ノードーフォース・スタンフォード大学イノベーション・ジャーナリズム研究センター長のサイト(http://www.innovationjournalism.org/
)。
●フィンランドのイノベーション・ジャーナリズムのサイト(http://www.innovaatiot.fi/
)
●「弱いシグナル」に注目すべきとその見つけ方を説いているTuro Uskaliの論文’Paying Attention to Weak Signals’ (http://www.innovationjournalism.org/archive/INJO-2-11.pdf
)

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.620)


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