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NHKが民放の番組宣伝までする理由
テレビ
公開日:2010/03/28 20:17
テレビ局は究極の格差社会だ。
局の正社員と制作会社やフリーとのあいだに格差があるばかりでなく、
民放とNHKのあいだの格差も開いてきた。
●他局の番組まで宣伝するNHK
NHKの『新春TV放談2010』という番組を見始めて、「これは何なんだ?」と思った。
正月2日の深夜にやっていたらしいが、私が見たのは2月14日の再放送だった。
民放の番組の話をばんばんしている。
視聴者300人に聞いて作成した、テレビ局の枠を超えた人気番組ランキングなどを発表しながらトークを繰り広げている。テリー伊藤や眞鍋かをりなどが出演していた。忘れていたけど、そういえば、去年もこんな番組をやっていた。前回は少し違う出演者だった。
司会(MCというらしいが)の千原ジュニアが、「前回終わったときに、『もう一回やりたいねー』って。そういうのは空気でわかるんだけど、この番組は2回目はないなと思っていた」とのっけに笑いをとっていた。
番組中で他局の話をするときには「某局」と言うなど、遠慮するのがふつうのテレビの世界だから、常識はずれで、しかもお堅いはずのNHKである。「2回目はないな」と思うのは当然だ。
しかし、千原の予想に反して、正月番組として定着しつつあるようだ。
NHKにはもちろん通常の意味でのCMはないが、番組のあいだにNHK自身の番組のコマーシャル(番宣)は入っている。
民放のほうも、CMが減って、パチンコ業界や高齢者向けの商品のCMであふれるようになってきたが、それも入らない深夜の番組枠などはもっぱら自社の番宣を流している。
というわけで、いずれの局も番宣が増えている。こうした「番宣全盛」(?)の時代に、NHKはついに、他局の番宣もどきのことまでやり始めたわけだ。
なぜこんなことをやっているのだろうか。
局の正社員と制作会社やフリーとのあいだに格差があるばかりでなく、
民放とNHKのあいだの格差も開いてきた。
●他局の番組まで宣伝するNHK
NHKの『新春TV放談2010』という番組を見始めて、「これは何なんだ?」と思った。
正月2日の深夜にやっていたらしいが、私が見たのは2月14日の再放送だった。
民放の番組の話をばんばんしている。
視聴者300人に聞いて作成した、テレビ局の枠を超えた人気番組ランキングなどを発表しながらトークを繰り広げている。テリー伊藤や眞鍋かをりなどが出演していた。忘れていたけど、そういえば、去年もこんな番組をやっていた。前回は少し違う出演者だった。
司会(MCというらしいが)の千原ジュニアが、「前回終わったときに、『もう一回やりたいねー』って。そういうのは空気でわかるんだけど、この番組は2回目はないなと思っていた」とのっけに笑いをとっていた。
番組中で他局の話をするときには「某局」と言うなど、遠慮するのがふつうのテレビの世界だから、常識はずれで、しかもお堅いはずのNHKである。「2回目はないな」と思うのは当然だ。
しかし、千原の予想に反して、正月番組として定着しつつあるようだ。
NHKにはもちろん通常の意味でのCMはないが、番組のあいだにNHK自身の番組のコマーシャル(番宣)は入っている。
民放のほうも、CMが減って、パチンコ業界や高齢者向けの商品のCMであふれるようになってきたが、それも入らない深夜の番組枠などはもっぱら自社の番宣を流している。
というわけで、いずれの局も番宣が増えている。こうした「番宣全盛」(?)の時代に、NHKはついに、他局の番宣もどきのことまでやり始めたわけだ。
なぜこんなことをやっているのだろうか。
●テレビ局哀史
ネットに押され、メディアとしてのテレビのステータスが落ちているから、局の枠を超えて、テレビのおもしろさを伝えようとした‥‥わけではかならずしも あるまい。
まあそういう意味も多少はあるのかもしれないが、NHKはどうも民放との「格差」を気にしているらしいのだ。もちろん、NHKが上で、民放が下だ。
CMの収入が減って、民放は激しいコストカットをやっている。制作費を削っているわけだが、いちばんの問題は、外部の制作会社への支払いを削っているこ とだ。
新聞とテレビはかなりのところ系列化しているから、この二大メディアでは取りあげられないが、テレビは究極の格差社会だ。高給のテレビ局社員と制作会社 の社員、さらにはフリーのスタッフは、現場では同じ番組を作る「仲間」だが、その収入にはすさまじい格差がある。コストカットは、テレビ局の正社員の高給 を守るために、制作会社への支払いを削っているようなところさえある。
こうした構造は、制作会社やフリーのスタッフ当人の問題にとどまらず、日本の映像コンテンツの質にも関わってくる。
テレビ業界の語るも涙のこうした状況は、最近では、フリーのテレビディレクターの中川勇樹氏の『テレビ局の裏側』という本などに書かれている。
●「NHKの番組はよくできている」と言われて困るNHK
それはともかく、激しいコストカットをやっている民放の番組がどんどんチープになっているのは、民放のテレビ番組のあちこちでうかがえる。
高報酬のフリーの女子アナが切られ、局アナに代わったなどという話はよく聞く。お金のかかるドラマをやめて、「そこそこのタレント」を集めた生番組のバ ラエティにしたり、といったことは常套的に行なわれている。
社会派ドキュメンタリーなども、ジャーナリズム装置としてのテレビには欠かすことはできないが、視聴率に比べて手間がかかるので、まっさきに嫌われる。 とはいえ、まったくなくすと公共の電波を使っている言い訳が立たなくなる。だから、深夜など、経営的なダメージが少ない時間に流したりしている。
番組審議会というのが各テレビ局にはある。
審議会での議論は、深夜とも早朝ともつかないほとんどテレビを見る人のいない時間に放送されるが、たまたま夜 中に目が覚めてテレビをつけたらやっていた。「こんなにいいドキュメンタリーを深夜に流すのはおかしい」と審議会に出ている識者が言っていた。
テレビ局と しても流せるものならゴールデンタイムに流したいだろうが、視聴率がとれないからできない。そんな当たり前のことをわかっているのかいないのか、もっとも らしく言う人の頭の中身がよくわからなかったが、かくして民放は、いろいろな意味で劣化していく。
そうした状況を民放の経営陣が憂えていないはずはないが、じつは直接は関係のないはずのNHKも困っているらしい。
NHKドキュメンタリーは重厚なスペシャル番組はもちろん、数号前に取りあげた「アキバアイドルを輸出せよ」などを放送した『追跡!AtoZ』のように 身近な興味を追ったものにしても、時間も手間もかけて作られたものが多い。テレビを多少まじめなメディアとして見たい人にとっては、NHKと民放の格差は 開く一方だ。
「民放と違って、NHKはいい番組が多い。民放はひどい」などという会話はあちこちで交わされている。けれども、NHKは誉められてうれしいかと言えば、 どうもそうとばかりは言っていられないらしい。
それどころか、「そう言われるのがじつはいちばん困る」とNHKの幹部が思っていると、たまたま会ったNHKの記者は言っていた。
なぜかは言うまでもない。
NHKは受信料で番組を作っている。民放との差がきわだってくれば、「そんなに予算があるなら、受信料を下げろ」という声が出る。それが恐いのだ。
こうした「予備知識」があったから、常識はずれの局の壁を超えた番宣もどき番組『新春TV放談』の内容は腑に落ちた。
●民放に「リンク」を張れる強さ
局の垣根を越えて番組を取りあげ批評したこの番組は、ともかくおもしろかった。NHKしか見ないような人にも民放の番組のおもしろさが伝わったことは確かだろうが、同時に、NHKの優越性がかえってきわだったようにも思う。
「コンテンツやサービスなどを集めたアグリゲーションをやったところが強い」というのは、ネットではよく見られることだ。ニュースサイトは、新聞社などの 各サイトよりも、いろいろなニュース・メディアの記事を、他のサービスとともに提供しているヤフーが群を抜いて強い。
それと同じく、各局の人気番組についてトークという形で「リンク」を張ってみせたNHKは、意図に反して、テレビ業界における強さを見せつけてしまっ た。
熾烈なCM争いを繰り広げている民放では、とてもこんな番組は作れないだろう。「あななたち民放にはできないでしょ」と言わんばかりに見えた、というわ けだ。
afterword
眞鍋かをりが、クイズ番組で「こんな答えがわかってすごいね」とか言われるけど、いろいろなクイズ番組に出ると、他局と問いが重なっている。だから答えが わかるのだ、などと言っていた。ずいぶん物知りだと思っていたが、なるほど。
関連サイト
●NHK『新春TV放談2010』のサイト(http://www.nhk.or.jp/o-giri/tv/index.html)。台本なしにトーク 番組をやっている番組はいまやほとんどなく、「ぼけ」さえも自分で考えるのではなくて、スタッフの示したとおりにしゃべるお笑い芸人がいる、などとすっぱ ぬいていた。
●フリーのテレビディレクターの中川勇樹氏の『テレビ局の裏側』(新潮新書)。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.622)
ネットに押され、メディアとしてのテレビのステータスが落ちているから、局の枠を超えて、テレビのおもしろさを伝えようとした‥‥わけではかならずしも あるまい。
まあそういう意味も多少はあるのかもしれないが、NHKはどうも民放との「格差」を気にしているらしいのだ。もちろん、NHKが上で、民放が下だ。
CMの収入が減って、民放は激しいコストカットをやっている。制作費を削っているわけだが、いちばんの問題は、外部の制作会社への支払いを削っているこ とだ。
新聞とテレビはかなりのところ系列化しているから、この二大メディアでは取りあげられないが、テレビは究極の格差社会だ。高給のテレビ局社員と制作会社 の社員、さらにはフリーのスタッフは、現場では同じ番組を作る「仲間」だが、その収入にはすさまじい格差がある。コストカットは、テレビ局の正社員の高給 を守るために、制作会社への支払いを削っているようなところさえある。
こうした構造は、制作会社やフリーのスタッフ当人の問題にとどまらず、日本の映像コンテンツの質にも関わってくる。
テレビ業界の語るも涙のこうした状況は、最近では、フリーのテレビディレクターの中川勇樹氏の『テレビ局の裏側』という本などに書かれている。
●「NHKの番組はよくできている」と言われて困るNHK
それはともかく、激しいコストカットをやっている民放の番組がどんどんチープになっているのは、民放のテレビ番組のあちこちでうかがえる。
高報酬のフリーの女子アナが切られ、局アナに代わったなどという話はよく聞く。お金のかかるドラマをやめて、「そこそこのタレント」を集めた生番組のバ ラエティにしたり、といったことは常套的に行なわれている。
社会派ドキュメンタリーなども、ジャーナリズム装置としてのテレビには欠かすことはできないが、視聴率に比べて手間がかかるので、まっさきに嫌われる。 とはいえ、まったくなくすと公共の電波を使っている言い訳が立たなくなる。だから、深夜など、経営的なダメージが少ない時間に流したりしている。
番組審議会というのが各テレビ局にはある。
審議会での議論は、深夜とも早朝ともつかないほとんどテレビを見る人のいない時間に放送されるが、たまたま夜 中に目が覚めてテレビをつけたらやっていた。「こんなにいいドキュメンタリーを深夜に流すのはおかしい」と審議会に出ている識者が言っていた。
テレビ局と しても流せるものならゴールデンタイムに流したいだろうが、視聴率がとれないからできない。そんな当たり前のことをわかっているのかいないのか、もっとも らしく言う人の頭の中身がよくわからなかったが、かくして民放は、いろいろな意味で劣化していく。
そうした状況を民放の経営陣が憂えていないはずはないが、じつは直接は関係のないはずのNHKも困っているらしい。
NHKドキュメンタリーは重厚なスペシャル番組はもちろん、数号前に取りあげた「アキバアイドルを輸出せよ」などを放送した『追跡!AtoZ』のように 身近な興味を追ったものにしても、時間も手間もかけて作られたものが多い。テレビを多少まじめなメディアとして見たい人にとっては、NHKと民放の格差は 開く一方だ。
「民放と違って、NHKはいい番組が多い。民放はひどい」などという会話はあちこちで交わされている。けれども、NHKは誉められてうれしいかと言えば、 どうもそうとばかりは言っていられないらしい。
それどころか、「そう言われるのがじつはいちばん困る」とNHKの幹部が思っていると、たまたま会ったNHKの記者は言っていた。
なぜかは言うまでもない。
NHKは受信料で番組を作っている。民放との差がきわだってくれば、「そんなに予算があるなら、受信料を下げろ」という声が出る。それが恐いのだ。
こうした「予備知識」があったから、常識はずれの局の壁を超えた番宣もどき番組『新春TV放談』の内容は腑に落ちた。
●民放に「リンク」を張れる強さ
局の垣根を越えて番組を取りあげ批評したこの番組は、ともかくおもしろかった。NHKしか見ないような人にも民放の番組のおもしろさが伝わったことは確かだろうが、同時に、NHKの優越性がかえってきわだったようにも思う。
「コンテンツやサービスなどを集めたアグリゲーションをやったところが強い」というのは、ネットではよく見られることだ。ニュースサイトは、新聞社などの 各サイトよりも、いろいろなニュース・メディアの記事を、他のサービスとともに提供しているヤフーが群を抜いて強い。
それと同じく、各局の人気番組についてトークという形で「リンク」を張ってみせたNHKは、意図に反して、テレビ業界における強さを見せつけてしまっ た。
熾烈なCM争いを繰り広げている民放では、とてもこんな番組は作れないだろう。「あななたち民放にはできないでしょ」と言わんばかりに見えた、というわ けだ。
afterword
眞鍋かをりが、クイズ番組で「こんな答えがわかってすごいね」とか言われるけど、いろいろなクイズ番組に出ると、他局と問いが重なっている。だから答えが わかるのだ、などと言っていた。ずいぶん物知りだと思っていたが、なるほど。
関連サイト
●NHK『新春TV放談2010』のサイト(http://www.nhk.or.jp/o-giri/tv/index.html)。台本なしにトーク 番組をやっている番組はいまやほとんどなく、「ぼけ」さえも自分で考えるのではなくて、スタッフの示したとおりにしゃべるお笑い芸人がいる、などとすっぱ ぬいていた。
●フリーのテレビディレクターの中川勇樹氏の『テレビ局の裏側』(新潮新書)。
(週刊アスキー「仮想報道」Vol.622)

