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歌田明弘の「地球村の事件簿」maglog版
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歌田明弘
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 1982年から92年まで、『現代思想』編集部を経て『ユリイカ』編集長。その後は、フリーで編集をしたり、大学の非常勤講師をしたりしながら、だいたい原稿を書いています。
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グーグルは中国からなぜ撤退するのか?

グーグル

公開日:2010/04/04 21:00

グーグルが中国に進出したのはそもそもなぜなのか。
進出の経緯をたどり直すことで、撤退の持つ意味と今後の課題が見えてくる。
グーグルの中国との戦いはまだ終わらない。

●中国撤退を決めたグーグル

 サイバー攻撃にあい、検閲を求め続けるのなら中国からの撤退も辞さないと1月に言い出したグーグルは、3月22日、ついに中国国内からの検索の提供をやめることを発表した。
 突然、撤退を言い出したようだが、中国への進出を決めた06年から複線は敷かれていた。これから書くように、グーグルはこういった日が来るのを予感さえしていたように見える。

 検閲をやめることを明らかにしたあと、グーグルの創立者のひとりサーゲイ・ブリンは次のようなことを言った。

「信じてもらえないだろうけど、06年に中国に初めて入ったときも先月の発表のときにも、われわれの主要な関心事は、中国の人々のために何がベストかということだった。自分たちの売り上げや利益などではなかった」。

 06年2月15日の公式ブログでグーグルは、なぜ中国に進出するのかを説明し、その後も繰り返し使う主張――「検閲を受け入れたとしても、中国へ進出するほうが、中国の人々はより多くの情報にアクセスできるようになる」――を述べている。このブログ記事を読み返すと、こうしたグーグルの説明が具体的に何を意味していたのかがわかるとともに、先のブリンの言葉があながち詭弁でもないように思われてくる。

●グーグルが説明する「中国との戦いの歴史」

 google.comは、会社設立の翌年2000年から中国語表示をしている。中国の進出というのはgoogle.cnを立ち上げ、中国国内に検索サーバーを置くということだ。
 インターネットは世界中つながっているのだから、検索サーバーがどこにあっても同じではないかと思うが、少なくとも中国の場合はそうではなかった。

 グーグルは02年に「異変」に気づいた。
 中国からの利用がときどきできなくなっていたのだ。この年の秋には、中国の利用者からいくつものメールが届き、中国からまったくアクセスできなくなっていることを知り、中国への進出を真剣に考え始めた。
 グーグルの前にあったのはふたつの選択肢だった。
 このまま国外からサービスを続け、中国国内で長期にアクセスできなくなっても甘受するか、それとも中国当局の規制を受け入れ、言論の自由の原則を曲げても中国に入るのか、である。

 このときは原則を守り、中国への進出はしないことにした。
 2週間以内にアクセスがほぼ回復したので、結果的には、これは正解だったように思われた。しかしこのあとまもなく、中国国内で政治的に支障のある検索をするとグーグルのサーバーにアクセスできず、アクセスできても時間がかかり不安定になった。平均して1割ぐらいの時間はアクセスできず、アクセスできても動きはのろく、クリックすると、ときに固まってしまった。検索結果にフィルタリングがかかるばかりか、中国国内の検索エンジンにリダイレクトさせられたりもした。

 このブログ記事には書かれていないが、02年の接続障害のあいだに、中国政府は何らかの「グーグル対策」を講じたのではないか。

 こんな状態だから、利用も増えなかった。
 ライバルの「百度(バイドゥ)」の中国でのシェアが03年から05年にかけて2・5パーセントから46パーセントと爆発的に伸びたのに対し、グーグルは30パーセント以下に落ちた。若者層ではこの度合いが激しく、「グーグル離れ」が進行したそうだ。

 百度自身の努力によってアクセスが増えたところもあるだろうが、中国の検索シェアはそうしたことだけでは決まらないようだ。
 グーグルのページを開くのに百度の7倍以上かかったそうで、安定的なアクセスがないことが、グーグルの検索シェアの持続的な低下の主因だと、06年の時点で同社は見ていた。

 中国ではコンテンツ提供者もネット接続業者も許可が必要だ。
 ビジネスをするには当局の規制に従わなければならない。中国には何百ものプロバイダーがあるが、国外へは9つの中国のプロバイダーの回線で結ばれていて、この国際回線を経由した場合に接続スピードはとくに遅く、不安定にもなった。

 また一貫性もなかった。
 グーグルのサービスのなかでもニュース検索やキャッシュにはまったくアクセスできなかったが、画像検索は半日だけアクセスでき、地図検索や買い物検索、トップページは10パーセントの時間だけアクセスできるといった具合だった。検索の種類や時間ばかりでなく、どこからアクセスするかによっても違い、上海よりは北京のほうがましで、大都市ほどアクセスしやすかった。

 このような状況になり、進出を決める1年以上前から中国の専門家や利用者、学者などの意見を聞き、検討を始めたという。
 このブログ記事では、自分たちに経済的な動機がまったくなかったといえば不正直になると、そうした理由もあることは認めたうえで、しかしながらこのままでは「世界中の情報にアクセスできるようにする」という自分たちの使命を果たせないことから中国への進出を決めたと書いている。中国国内に検索サーバーを置けば、より安定的にアクセスできることを期待したわけだ。

 この決定に反対する人の考えは理解できるものの、「選択肢が限られている状況では、理にかなった選択」だが、「最終的にこれが最良の決定かどうかは確信を持てない」とも言い、われわれの思い描いた目的を達成できないとわかれば「再考することもためらわない」と述べている。
 今回のような日が来ることは、進出のときから感じていたわけで、だとすれば、グーグル幹部にとってこの撤退は驚くような決断ではないのかもしれない。

●中国政府との戦いは終わらない

 今回グーグルは、たんに撤退するわけではない。
 中国版はなくなるが、このサイトへのアクセスは、1国2制度のもと検閲のない香港版にリダイレクトすると言っている。中国本土外からの提供に戻るが、隣接地域からのサービスを使うことにしたわけだ。香港版へのアクセスが妨害されることを警戒し、中国本土からのアクセス状況は毎日レポートするという。実態を明らかにすることで、中国政府を牽制しようというのだろう。

 日本への進出もそうだったように、各国への進出には、広告の営業拠点を作るという目的もあった。
 06年以前の状況に戻ったようだが、中国での研究開発とセールスの仕事は続けると言っており、この点は以前と異なっている。中国内での広告営業が続けられれば、ダメージは最小にできる。
 もっとも、中国政府が、検閲のない香港版へのアクセスを放置し続けるとは考えにくい。「妨害」が深刻なものになればなるほどシェアは落ち、広告へのダメージが避けられない。中国政府との戦いは、むしろ新たな段階に入ったと見るべきだろう。

afterword
 グーグルやアメリカ政府が懸念している中国からのサイバー攻撃というのはそもそもどんなものなのだろうか。そしてまた、中国国内ではどんな動きがあるのか。次回からは、グーグルやアメリカの中国政府との戦いを横目に見ながら、その実態を詳しくレポートしてみたい。

関連サイト
●中国撤退を発表した3月22日のグーグルの公式ブログの記事「中国への新しいアプローチ(A new approach to China: an update)」(http://googleblog.blogspot.com/2010/03/new-approach-to-china-update.html
)と中国本土から香港版グーグルへのアクセス状況をレポートしたページ(http://www.google.com/prc/report.html#hl=en)。
●06年2月15日のグーグルの公式ブログ(http://googleblog.blogspot.com/2006/02/testimony-internet-in-china.html)。中国進出にあたって、検索結果の一部を表示させないことに米議会などから批判が出た。そのことを弁明した米議会公聴会での副社長の証言を掲載し、自分たちの考えを示した。06年のこのブログ記事でもグーグルは、アメリカ政府が検閲を貿易障壁の重要な問題ととらえ、提起していくことを求めている。中国の検閲に対するアメリカ政府とグーグルの一種の「連携」は、この頃からすでに始まっていたのだろう。

(週刊アスキー「仮想報道」Vol.624)

*Vol.623は次回公開します。

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